続日本100名城スタンプラリー
公益財団法人日本城郭協会が2017年に選定し、2018年からスタンプラリーが実施されている『続日本100名城』(No.101〜200)を地方別に巡るリスト。米子城・苗木城・郡上八幡城などの石垣・天守の名城から、品川台場や水城・基肄城・金田城・鞠智城といった古代の城・台場、座喜味城・勝連城・原城などの世界遺産まで、北海道から沖縄まで全国の名城・城跡を網羅します。日本100名城に続く第二弾で、現存天守はなく、石垣・土塁・曲輪などの遺構や復元・模擬天守、グスク・古代山城が中心です。各城のスタンプは管理事務所・資料館・登城口などに設置されていますが、設置場所・押印可能時間・料金は変更されることがあるため最新は公式(日本城郭協会/各城)で要確認。地図で全国100城を俯瞰し、チェックインで『何城制覇したか』を記録できます。
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道南十二館のひとつに数えられる中世の城館跡。天守はなく、海岸段丘上に土塁と薬研状の空堀をめぐらせたほぼ長方形の縄張りが残り、津軽海峡や函館山を望む。1934年に国の史跡に指定。スタンプは史跡内のあずまや付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。函館バス「志海苔」停留所から徒歩約5分。

夷王山の中腹に築かれた蠣崎氏(のちの松前氏)の拠点で、天守を持たない中世の山城。曲輪や館神八幡宮跡、夷王山墳墓群が残り、大量の出土遺物が知られる。1977年に国の史跡「勝山館跡」に指定。スタンプは勝山館跡ガイダンス施設付近に設置(施設は冬季休館。設置場所・押印時間は公式で要確認)。バス停「原歌」から徒歩約30分。

浪岡北畠氏が築いたとされる中世の平山城跡。天守はなく、内館や北館など複数の郭(館)を土塁と堀で区画した縄張りが残る。1940年に青森県内で初めて国の史跡に指定された。出土品は隣接の「青森市中世の館」で展示。スタンプは青森市中世の館付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR奥羽本線・浪岡駅から徒歩約15分。

仙台藩伊達氏の重臣・片倉氏の居城で、一国一城令後も支城として明治まで存続した。天守相当の三階櫓は現存天守ではなく、1995年に伝統工法で木造復元されたもの。大手門や土塀とともに本丸跡に整備されている。白石市指定史跡。スタンプは白石城天守閣(三階櫓)内に設置(開館時間内、公式で要確認)。JR白石駅から徒歩約15分。

安東(秋田)氏の安東愛季が大規模に整備した中世の山城跡。天守はなく、丘陵上に曲輪・土塁・空堀・井戸跡などが広がり、日本海や男鹿半島を望む眺望が開ける。2004年に国の史跡に指定。スタンプは脇本城跡案内所に設置(冬季は道の駅おが等へ移設。設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR男鹿線・脇本駅から徒歩約35分。

奈良時代に出羽国へ置かれた古代城柵で、近世の城ではない。天平5年(733年)に出羽柵を移して築かれ、のちに秋田城と改称された官庁・軍事拠点。外郭東門や築地塀、古代の水洗厠舎が復元され、隣接の歴史資料館で出土品を展示する。1939年に国の史跡に指定。スタンプは秋田城跡歴史資料館・史跡公園管理棟に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR秋田駅からバス。

蘆名盛氏が永禄年間に築いた、日本最大級ともいわれる山城跡。天守はなく、現在は白鳳山公園として整備され、曲輪・土塁・竪堀・虎口や石塁が残り、磐梯山や会津盆地を望む。のちに上杉氏・蒲生氏も使用した。2001年に国の史跡に指定。スタンプは向羽黒ギャラリー(整備資料室)付近に設置(資料室は開館日限定。設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR只見線・会津本郷駅が拠点。

水堀に囲まれた輪郭式の平城で、別名は亀城。本丸の太鼓櫓門と霞門が現存し、東櫓・西櫓は木造で復元されたもの(現存天守ではない)。室町期に築かれ、江戸期は土屋家らの居城となった。茨城県指定史跡。二重の堀や現存門、復元櫓が見どころで、一帯は亀城公園。スタンプは公園付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。JR常磐線土浦駅から徒歩約15分。

関東では珍しい高石垣を誇る連郭式の山城。建物は残らず、大手の枡形石垣・土塁・堀切・土橋などの遺構が見どころ。佐野氏の居城で、上杉謙信の度重なる攻撃を退けたと伝わる。2014年に国史跡へ指定。本丸跡には唐沢山神社が鎮座し、関東平野を望む眺望も良い。スタンプは神社付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。東武佐野線田沼駅から徒歩。

利根川を望む断崖上に築かれた連郭式の山城で、建物はなく曲輪・土塁・三日月堀・虎口の遺構が残る。1579年に真田昌幸が武田勝頼の命で築いた沼田領支配の要で、1589年の名胡桃城事件が秀吉の小田原征伐の契機となった。群馬県史跡。掘立柱建物址などが復元整備されている。スタンプは現地付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。JR上越線後閑駅からタクシー。

河岸段丘上に築かれた城で、真田信幸が五層天守を建てたが江戸期に破却され現存しない。城門が川場村へ移築現存し、本丸跡には鐘櫓が復元されている。沼田顕泰の築城後、真田氏五代の居城となった。沼田市史跡。石垣・土塁・堀が残り、一帯は桜の名所の沼田公園。スタンプは公園付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。JR上越線沼田駅から徒歩約15分。

岩櫃山の中腹に築かれた山城で、建物はなく本丸跡・曲輪・堀切・竪堀の遺構が残る。斉藤氏ののち真田幸隆・昌幸・信之が拠った真田氏ゆかりの城で、1614年に真田信之が廃城とした。2019年に国史跡へ指定。山城ならではの眺望や登山道も見どころ。スタンプは現地登山口の観光案内所付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。JR吾妻線群馬原町駅が拠点。

成田氏が築いた沼地利用の平城で、石田三成の水攻めに耐えた「のぼうの城」の舞台。御三階櫓は1988年に鉄筋コンクリートで再建された外観復興で、史実に忠実な復元ではない。埼玉県指定旧跡。本丸の土塁が残り、櫓内部は行田市郷土博物館となっている。スタンプは博物館付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。秩父鉄道行田市駅から徒歩約15分。

「築城の教科書」と称される中世の山城で、建物はなく技巧的な曲輪・横堀・土塁・虎口の縄張りそのものが見どころ。発掘調査から山内上杉氏期の城とみられる。菅谷館跡などとともに「比企城館跡群」として2008年に国史跡へ指定。中世城郭の遺構美に定評がある。スタンプは嵐山町役場付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩。

鎌倉御家人・畠山重忠ゆかりと伝わる平城(館)で、建物はなく良好に残る土塁・横堀・出枡形などの遺構が見どころ。のちに山内上杉氏や後北条氏も利用した。杉山城跡などとともに「比企城館跡群」として2008年に国史跡へ指定。隣接して県立嵐山史跡の博物館がある。スタンプは博物館付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩約13分。

下総千葉氏が後期の本拠とした連郭式の平山城。建物はないが、空堀・土塁・虎口・郭がほぼ完存し遺構の保存状態が良い。文明年間に千葉輔胤が築き、のち後北条氏が改修した。1998年、千葉県内の城郭で初の国史跡に指定。枡形虎口などの土の造形が見どころ。スタンプは現地案内所付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。京成本線大佐倉駅から徒歩約10分。

幕末にペリー来航を受けて江戸湾に築かれた洋式海上砲台跡で、城ではなく台場。現在は第三台場(台場公園として開放)と無人島の第六台場が現存し、石垣・土塁の砲台遺構が残る。江川英龍の指揮で築造され、1926年に「品川台場」として国史跡に指定された。スタンプは現地付近に設置(設置場所・押印時間は公式要確認)。ゆりかもめお台場海浜公園駅から徒歩。

武田勝頼が天正9年(1581年)に築いた城。完成後まもなく勝頼自ら焼いて退去した悲運の城で、天守はなく土塁と空堀が残る城跡。丸馬出しや三日月堀、枡形虎口など武田流の防御施設が見どころ。国の史跡。スタンプは韮崎市民俗資料館付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。最寄りはJR中央本線新府駅。

幕末の元治元年(1864年)に大給松平家の松平乗謨が築いた星形の稜堡式城郭で、函館の五稜郭と並ぶ日本に2つの五稜郭の一つ。天守はなく石垣と堀が残り、現存する御台所の建物が見どころ。国の史跡。スタンプは史跡龍岡城跡ガイダンスセンター付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR小海線龍岡城駅または臼田駅。

日根野高吉が文禄~慶長年間に築き、かつて諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城」と称された。日本三大湖城の一つ。元の天守は明治期に取り壊され、現在の天守は1970年に鉄筋コンクリートで建てられた復興天守(現存天守ではない)。諏訪市指定史跡。スタンプは高島城天守閣付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR中央本線上諏訪駅から徒歩約10分。

徳川家康の六男・松平忠輝の居城として慶長19年(1614年)に天下普請で築かれた土造りの城。天守は設けられず、現在は1993年に復興された三重櫓(御三階櫓)が建つ。本丸の土塁と水堀が残り、桜と堀の蓮の名所として知られる。新潟県指定史跡。スタンプは上越市立歴史博物館など付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。最寄りはえちごトキめき鉄道高田駅。

南北朝期に起源をもつ越中有数の規模を誇る連郭式の山城。天守はなく、曲輪・切岸・竪堀・堀切・土塁など土の城の遺構が広範に残るのが見どころ。国の史跡。スタンプは砺波市埋蔵文化財センター「しるし」付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。アクセスは車が基本で、目的地は砺波市立庄東小学校付近。

鈴木出羽守が天正初年(1573年頃)に築いたとされる山城で、加賀一向一揆最後の砦となった拠点。天守はなく、復元された枡形門や石垣、土塁・空堀・曲輪が見どころ。国の史跡(鳥越城跡 附 二曲城跡)。スタンプは鳥越一向一揆歴史館付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。白山ICから車で約50分。

結城秀康が慶長6年(1601年)から天下普請で築いた城。天守は1669年に焼失して再建されず、現在は天守台と本丸の石垣・堀が残る(天守台のみ)。本丸跡には福井県庁が建ち、復元された御廊下橋や山里口御門も見どころ。スタンプは福井県庁付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR・北陸新幹線福井駅から徒歩数分。

金森長近が天正年間に築いた平山城。条件がそろう秋から春に雲海に浮かぶ「天空の城」として知られる。現在の天守は1968年に建てられた復興天守(現存天守ではない)。山頂の石垣や雲海が見どころ。福井県指定史跡。スタンプは越前大野城館内の受付付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR越美北線越前大野駅から徒歩約30分。

福井・滋賀県境の尾根に築かれた土の城で、天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家の本陣が置かれた。天守はなく、土塁と空堀による多重の防御、馬出や虎口、土橋など縄張が良好に残るのが見どころ。国の史跡。スタンプは玄蕃尾城跡駐車場付近に設置(冬季は変更あり)。設置場所・押印時間は公式で要確認。北陸道敦賀ICから車で約30分。

巨岩が連なる岩山に築かれた山城で、遠山氏の居城。天守は現存せず、巨岩を取り込んだ天守台に懸造の天守展望台が整備されている。1981年に国の史跡に指定。馬洗岩などの巨石と石垣、展望台からの木曽川や恵那山を望む360度の眺望が見どころ。スタンプは苗木遠山史料館付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR中央本線中津川駅が拠点。

関ヶ原の戦いで石田三成ら西軍の本拠地となった平城。旧天守は1936年に旧国宝指定されたが1945年の大垣空襲で焼失し、1959年に4層4階で再建された復興天守(現存天守ではない)。艮櫓も再建。大垣市指定史跡。本丸石垣や水門川の堀、関ケ原合戦に関する天守内展示が見どころ。スタンプは天守内に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR大垣駅から徒歩約7分。

1573年に武田勝頼が家臣の馬場信春に命じて築いたと伝わる山城で、天守を持たない土の城。1975年に国の史跡に指定。武田流築城術の特徴である丸馬出と三日月堀が良好に残ることで知られ、横堀や枡形虎口、復元された薬医門も見どころ。スタンプはビジターセンター付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR東海道本線金谷駅が拠点。

鶴翁山の地形を生かした中世の山城で、武田氏と徳川家康による争奪戦の舞台として名高い。石垣を持たず曲輪・堀切・土塁で構成される土の城で、天守はない。1975年に国の史跡に指定。本丸跡など主要曲輪や空堀・堀切が見どころ。スタンプは大東北公民館などに設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR掛川駅からバスで土方下車が拠点。

徳川家康が前身の曳馬城を改修した城で、歴代城主が出世したことから「出世城」と呼ばれる。現在の天守は1958年に鉄筋コンクリートで再建された復興天守(模擬天守とも。現存天守ではない)。浜松市指定史跡。自然石を積んだ野面積みの天守台石垣や天守からの眺望が見どころ。スタンプは天守門付近に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR浜松駅が拠点。

織田信長が1563年に築き清須から移った平山城で、後に小牧・長久手の戦いで徳川家康が改修した。1927年に国の史跡に指定。発掘で本格的な石垣造りの城だったことが判明し、石垣・曲輪・土塁が見どころ。山頂の小牧山歴史館は史実とは関係ない模擬天守。スタンプはれきしるこまき等に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。名鉄小牧線小牧駅が拠点。

武田氏の三河侵攻の拠点として築かれ、馬場信春の縄張と伝わる平山城。天守を持たず土塁・堀・曲輪で構成される土の城。2018年に新城市指定史跡となった。両袖枡形虎口や大堀切、土橋、丸馬出など武田流築城術の遺構が良好に残るのが見どころ。スタンプは作手歴史民俗資料館に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。バス作手高里下車または車が便利。

牧野古白が築いた今橋城を前身とする豊橋公園内の平城で、実際の天守は築かれなかった。本丸北西の鉄櫓(くろがねやぐら)は1954年の模擬再建で、内部が資料館として公開される。豊橋市指定史跡。石垣や土塁、堀、本丸北側の腰曲輪が見どころ。スタンプは鉄櫓や豊橋市役所展望室に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。豊橋駅から市内電車市役所前下車。

藤堂高虎が1608年に入城して輪郭式の近世城郭へ大改修した平城。現在の三重櫓は1958年建造の模擬櫓で、高虎時代の建築や忠実な復元ではない。三重県指定史跡。石垣や内堀、天守台、本丸の日本庭園、藤堂高虎の騎馬像が見どころ。スタンプは隣接する高山神社に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。近鉄名古屋線津新町駅から徒歩約15分。

南北朝期以降に伊勢国司・北畠氏が本拠を置いた館跡で、跡地には現在北畠神社が建つ。詰城の霧山城跡を含め国の史跡に指定され、室町期の武家庭園「北畠氏館跡庭園」は国の名勝。米字池を配した池泉庭園や北畠神社、山上の霧山城跡が見どころ。スタンプは北畠神社社務所に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR名松線の比津駅・家城駅が拠点。

藤堂高虎の縄張による城跡で、中世と近世の築城法を併用した石垣主体の平山城。天守等の建物は残らず、郭・石垣・堀切・土塁が遺構として残り「天空の城」として知られる。1989年に国の史跡「赤木城跡及び田平子峠刑場跡」に指定。主郭の枡形虎口や野面積みの石垣が見どころ。スタンプは道の駅熊野・板屋九郎兵衛の里に設置。設置場所・押印時間は公式で要確認。JR熊野市駅から車。

湖北最大級とされる連郭式の山城跡。土肥氏の築城と伝わる。現存・復元の天守はなく、曲輪群・大堀切・石垣・枡形虎口などの遺構が残る。発掘で確認された大櫓跡が見どころで、2005年に国の史跡に指定された。スタンプは番場地区のCafe&Gallery源右衛門付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。拠点はJR米原駅。

輪郭式の平城。三層の天守は1954年に再建された復興天守で現存天守ではなく、創建時の五重天守は江戸期に焼失していた。内部は資料館。重森三玲作庭で国名勝の枯山水「八陣の庭」や、犬走りを備えた石垣・堀が見どころ。城跡は大阪府指定史跡。スタンプは二の丸広場観光交流センター付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。拠点は南海本線蛸地蔵駅。

山麓の出石城(平山城)と山上の有子山城(山城)の総称。出石城は1604年に小出吉英が築き天守はなく、再建された隅櫓・登城門や野面積み石垣が残る。山名祐豊が1574年に築いた有子山城は石垣・大堀切が残る城跡で、此隅山城跡と合わせ「山名氏城跡」として国史跡。城下の辰鼓楼も近い。スタンプはいずし観光センター付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。拠点はJR豊岡駅からバス。

淡路島最大級の城で、山頂の上の城(山城)と山裾の下の城(平城)を登り石垣で結ぶ。安宅氏の築城と伝わり、脇坂安治が総石垣に大改修した。現在の天守台上の天守は昭和初期建造の模擬天守で日本最古級とされる(現存天守ではない)。現存する登り石垣や天守台からの眺望が見どころ。上の城は国史跡。スタンプは下の城の淡路文化史料館付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。拠点は洲本バスセンター。

若桜鬼ヶ城は鳥取県若桜町の連郭式山城。天守は現存せず、郭・石垣・虎口・竪堀・櫓台などの遺構が残る。中世と近世両期の城郭遺構が混在する点が貴重で、六角石垣でも知られる。国の史跡(2008年指定)。山頂からの眺望や石垣群が見どころ。スタンプは若桜駅周辺などに設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。若桜鉄道若桜駅から徒歩約16分。

米子城は鳥取県米子市の梯郭式平山城(海城)。天守は現存しないが、見事な石垣と大小2基の天守台が残る。山名氏に始まり吉川広家・中村一忠が近世城郭として整備した。国の史跡(2006年指定)。天守台からの中海や大山の眺望、登り石垣が見どころ。スタンプは城跡周辺に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR米子駅から湊山公園が拠点。

浜田城は島根県浜田市の亀山(標高約68m)に築かれた平山城で、浜田藩の藩庁が置かれた。1620年に古田重治が築城し、1866年の第二次長州戦争で自焼退城した。天守は現存せず石垣が残り、桜の名所。続日本100名城170番。石垣や眺望が見どころ。スタンプは濱田護國神社社務所・浜田城資料館などに設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR浜田駅から徒歩約20分。

備中高松城は岡山市の梯郭式平城で、1582年の羽柴秀吉による水攻めで知られ、城主清水宗治の切腹で開城した。天守はなく、本丸跡(宗治首塚)や水攻め堤防跡の一部が残る。国の史跡「高松城跡 附 水攻築堤跡」。城址公園や備中高松城址資料館が見どころ。スタンプは資料館付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR桃太郎線備中高松駅から徒歩約10分。

三原城は広島県三原市の平城(海城)で、浮城とも呼ばれた。1567年頃に小早川隆景が築城。天守は現存せず、石垣と堀が残り、天守台跡はJR三原駅と一体化している。国の史跡(小早川氏城跡)。駅から見学できる天守台の石垣が見どころ。スタンプは三原駅周辺に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR三原駅が拠点。

大内氏館は山口市にあった大内氏の居館跡で、現在は龍福寺の境内となり、復元西門や庭園、石組溝が残る。背後の高嶺城は詰の城の山城で、1556年に大内義長が築城し石垣や郭が残る。両者は国の史跡「大内氏遺跡」。庭園や高嶺城の石垣が見どころ。スタンプは大路ロビー・山口市歴史民俗資料館に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR山口線が拠点。

戦国期に阿波を支配した三好氏の本拠で、天守を持たない平城・館跡。三好実休が16世紀半ばに拠点とし、以後この地が地域支配の中心となった。発掘された居館跡や枯山水庭園の遺構、水堀・土塁などが見どころ。国の史跡。スタンプは城跡周辺に設置、設置場所・押印時間は公式で要確認。アクセスはJR高徳線勝瑞駅から徒歩約10分。

阿波(徳島)で最大級の規模を誇る山城で、天守は無く石垣・曲輪・堀切などが残る城跡。南北朝期に小笠原長宗が築いたと伝わる。高さ5mに達する本丸の石垣、才蔵丸・明神丸・小倉丸などの曲輪群、堀切や竪堀が見どころ。徳島県指定史跡。スタンプは城跡周辺(一宮神社付近)に設置、設置場所・押印時間は公式で要確認。一宮神社が登山口の拠点で本丸まで徒歩約30分。

川に囲まれた丘陵に築かれた山城で、天守は無く、発掘調査に基づき門や建物の一部が復元されている。中世に渡辺氏の城として築かれたと伝わる。古城・本城・新城が馬蹄形に連なる曲輪、二重の連続堀切、復元建物、丘上からの眺望が見どころ。国の史跡。スタンプは城跡内に設置、設置場所・押印時間は公式で要確認。最寄りはJR予土線松丸駅から徒歩。

戦国期に四国をほぼ統一した長宗我部氏の本拠で、天守を持たない連郭式の山城(城跡)。岡豊山に詰・二の段・三の段などの曲輪が連なり、土塁・空堀・石垣・井戸跡が残る。城跡に隣接する高知県立歴史民俗資料館や、曲輪群・眺望が見どころ。国の史跡。スタンプは資料館周辺に設置、設置場所・押印時間は公式で要確認。アクセスはJR高知駅からバス利用。

細川忠興が慶長7年(1602年)から既存の城を大改築した平城(海城)。四・五階間に庇のない「唐造り」が特徴の天守は天保8年(1837年)に焼失し、現在の天守は昭和34年(1959年)再建の復興天守。野面積みの石垣や堀が残る。スタンプは天守閣付近に設置(設置場所・押印時間は公式で要確認)。JR西小倉駅から徒歩約10分。

白村江の戦いの敗戦を受け、大和朝廷が天智天皇3年(664年)に大宰府防衛のため築いた古代の防塁。全長約1.2km、基底部幅約80mに及ぶ巨大な土塁と外濠が平野を遮断する。国の特別史跡「水城跡」。土塁・城門跡・復元木樋が見どころ。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。最寄りはJR鹿児島本線水城駅周辺(交通は公式要確認)。

永正年間に起源を持ち、元和7年(1621年)に有馬豊氏が入封して以後、明治維新まで摂津有馬氏21万石の居城となった連郭式平山城。天守は設けず層塔型3重の巽櫓で代用した。福岡県指定史跡。本丸を囲む高い櫓台の石垣や堀、大井戸が残る。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR久留米駅からアクセス(詳細は公式要確認)。

白村江の敗戦後、天智天皇4年(665年)に大和朝廷が亡命百済人の指導で築いた朝鮮式の古代山城で、664年築造の水城に次ぐ日本最古級。標高404mの基山に約3.9kmの城壁を巡らせた。国の特別史跡「基肄城跡」。水門や城門の遺構が残り、山頂から博多湾・有明海を一望できる。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR基山駅が起点。

寺沢広高が慶長7年(1602年)から7年かけて築いた海に面する平山城で、天守を鶴の頭、左右の松原を翼に見立てた別名「舞鶴城」で知られる。現在の天守は当時の絵図がなく、昭和41年(1966年)に望楼型で建てられた模擬天守。唐津市指定史跡。石垣や虹の松原の眺望が見どころ。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR唐津駅から徒歩約15分。

白村江の敗戦後、天智天皇6年(667年)に大和朝廷が唐・新羅の侵攻に備え対馬に築いた古代山城。石英斑岩の石塁が城山をほぼ全周し、一ノ〜三ノ城戸(城門)が残るのが特徴。国の特別史跡「金田城跡」。山頂からは浅茅湾の大パノラマが広がる。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。対馬は離島のため空港・港からの交通は公式で要確認。

黒船来航に備え、五島氏(福江藩)が嘉永2年(1849年)の許可を得て文久3年(1863年)に完成させた幕末の海城で、別名石田城。天守は築かれなかった。二の丸跡の回遊式庭園は国の名勝「石田城五島氏庭園」、城跡は長崎県指定史跡で、野面積みの石垣や現存の蹴出門が残る。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。福江島は離島(交通は公式要確認)。

明応年間に有馬氏が築き、有馬晴信が整備した平山城。元和2年(1616年)に廃城となった後、寛永14〜15年(1637〜38年)の島原・天草一揆で天草四郎を擁する一揆勢が籠城した主戦場として知られる。国の史跡「原城跡」であり、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産。曲輪や石垣の遺構、有明海の眺望が残る。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。

黒田孝高(官兵衛)が天正16年(1588年)に築城を始め、後の細川忠興が完成させた平城。堀に海水を引き込む構造から日本三大水城の一つに数えられる。現在の天守は昭和39年(1964年)に建てられた模擬天守。大分県指定史跡。黒田時代の九州最古とされる石垣と海水の水堀が見どころ。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR中津駅から徒歩約15分。

鎌倉期に森氏が築いたとされ、文禄〜慶長年間に毛利高政が近世城郭へ整備した山城。国の史跡「角牟礼城跡」。伝搦手門跡に残る穴太積み(野面積み)の石垣が見どころで、曲輪・土塁・竪堀・井戸跡などの遺構が良好に残る。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR久大本線豊後森駅からバス利用(交通の詳細は公式要確認)。

大友宗麟が永禄5年(1562年)に丹生島という陸繋島に築いた海城で、前身を丹生島城という。天守は現存しないが、二の丸の畳櫓と本丸の卯寅口門脇櫓の2棟が現存し、大門櫓は平成13年(2001年)に木造復元された。国の史跡「臼杵城跡」。石垣や空堀、島城ならではの地形が見どころ。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR臼杵駅から徒歩約10分。

高橋元種が慶長6年(1601年)に着工し慶長8年(1603年)に完成させた平山城。二の丸の高石垣は、要石を外すと多くの敵が崩れ落ちるという伝承から「千人殺しの石垣」と呼ばれる。天守はなく、天守相当の三階櫓は焼失後再建されなかった。延岡市指定史跡。天主台跡では今も時を告げる鐘つき堂が残る。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR延岡駅から徒歩約20分。

中世に築かれ、伊東氏や島津氏が城主を務めた山城(築城時期には諸説あり)。発掘で天守台跡や金箔瓦が見つかったが天守建物は残らない。麓には二の丸御殿「鶴松館」が木造復元されている。国の史跡「佐土原城跡」。曲輪や空堀などの中世山城の遺構が見どころ。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。JR佐土原駅からバスまたはタクシー利用(交通の詳細は公式要確認)。

琉球王国の按司・護佐丸が1416〜1422年頃に築いたグスク(城)。なだらかな曲線を描く城壁と、楔石を用いた古い形式のアーチ門が美しい。国の史跡であり、世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産「座喜味城跡」。城壁の上からは読谷一帯や海、周辺の島々を望める。隣接してユンタンザミュージアムがある。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。那覇からバス利用(交通は公式要確認)。

14世紀初頭に築かれたとされるグスク(城)で、10代目城主の阿麻和利が琉球王府軍に敗れて廃城になったことで知られる。国の史跡であり、世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産「勝連城跡」。階段状に連なる三つの曲輪と石垣が残り、最高所の一の曲輪からは海と周辺を一望できる。スタンプの設置場所・押印時間は公式で要確認。那覇からバスで「勝連城跡前」下車(交通の詳細は公式要確認)。
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